「ほうれん草」の肥料設計はどのように考えたらよいですか?
と、兵庫県のN.O.様よりメールをいただきました。
そのお返事を書く際に感じた疑問?やひらめき!を書いてみました。
実は、玉葱の肥料設計をテーマとして6~7月頃には詳しい内容のブログを書こうと考えていたところですが、時間的な余裕がなくできませんでした。
玉葱は極早生で定植から収穫まで5カ月、中晩生系で半年以上を要する野菜です。マルチや追肥の有無、緩効性一発肥料の採用などにより複雑になりますが、元肥一本で収穫できる葉物野菜としてのほうれん草なら話を単純化できるのではないかと重い腰を上げてみることにしました(笑)。
推論の過程を示しておけばほかの作物にもそのやり方が使えるのでとても便利だと思うのですが、文献や各自治体や農協が発表する施肥設計は結果だけでその数値を導き出す根拠や経過が全く示されていません。私はこの点に特に合点がいきませんでした。
肥料設計のデータそれ自体がコピーのコピーである可能性も否定できません。特にネットではコピーのコピーが繰り返されるとそれが独り歩きします。すると出所は不明であるがしばしば目にするデータが同じ値なので真実味が増すのかもしれません。
肥料設計の思考過程を問題にとりあげた論文をあまり読んだことはないのですが、今回実際に数値を導き出す作業をしてみて、その理由に見当がついたのです。これが今日のお話の核心となるのですが、推論の過程でどうしても本質的にアバウトな見込みの数値=経験値を使わぬかぎり結論を導き出せない!ということに気づいたのです。
以下ほうれん草の肥料設計をしながら、そのアバウトさに迫ってみたいと思います。
ほうれん草の場合、収量は農水省からのあるデータによると10aあたり、①1300Kgとなっています。水分を除いた乾物収量は私の手元の文献によると②約10%ですから、乾物として10aあたり130Kgが収穫てきたことになります。
さて以前ブログで書いたとおり、植物の体の組成で窒素の占める割合は非常に少なく野菜では3%です。ちなみに炭素、水素、酸素で全体の約92%を占めます。
ほうれん草は豆と違い空気中の窒素は使えなくて土壌由来の窒素しか考えられません。
すると、130Kg×3%=3.9Kgとなります。つまり、作付け前の畑が肥料分を含まない状態であればほうれん草の一作に必要な窒素量は約4Kg/10a程度です。(以下窒素成分だけで考えてみます。)
もちろん、ご質問者のNO様のように、じっくり育て収量が増えてくるとその大きくなった分が増えます。また元肥を与えても雨で流出するなどして施肥量の全量が有効利用されるわけではないので、その分を予め加えておく必要があります。これを吸収率③という値で調整しているようです。その影響は実際の施肥量の50%から100%未満とするのが一般的です。この値で計算してみると4~8Kg/10aとなります。
ただし、普通の畑では、堆肥をやったり、前作に作物があったります。つまり無機化されていない有機態の窒素のことも考慮する必要もあります。しかし、堆肥の場合元々のC/N比により10年かかって成分が流出するものもあれば、3~6年で流出するものもあります。またその分解曲線自体が直線ではなく、豚プンみたいに指数関数的に急激に減少するものもあれば、バーク堆肥みたいに対数関数的にダラダラと漸減するものもあります。全くアバウトと評価するしかありません!このアバウトさを溶出率④という値で表現します。
溶出率が違ったり、何年も連続して堆肥を与えている場合はその分も重増して効いてくるのでその値はもっと大きくなるはずです。ここに挿入すると読みづらくなりますので最後にまとめてエクセルでシミュレーションしたものを参照ください。(施肥量=10を毎年あたえその溶出率を0.1~0.5で試算してみました。エクセルでは溶出率を溶解率と表現しておりますが同じ意味です。)ここでわかったことは、堆肥は毎年同じ値を投入し続けると、溶出率にかかわらず、5~6年でほぼその投入量の全量が効いてくるということです。
例えば牛ふん堆肥の場合、窒素は1%程度ですから、1000Kg/10aの投入で0.1の溶出率の場合、窒素成分で1000×0.01×0.1=1Kgです。溶出率のアバウトさを考えても1Kg~5Kgとなります。これにも③の吸収率が関係してくるので、実際は最小でも0.5~2.5Kg、最大で5Kgの効果が出ます。もし毎年1000Kg/10aずつ堆肥を投入すると最大値10Kgの溶出がありますのでほとんど堆肥だけで賄える計算になります。
今までのデータを単純に整理すると、堆肥を1000Kg/10a使う肥料設計において、施肥量は
(4~8Kg)-(0.5~5Kg)=0~7.5Kg/10aで良いという結論になります。
しかしながら、①②の数値には誤差を含みます。③④はアテズッポウといってもよいくらいアバウトな推測です。また堆肥を過去どのように使ってきたかによっても大きく数値は変化します。
以上でお分かりのように導き出された窒素の肥料設計最大値7.5Kg/10aという数値自体は、各種の推測により導き出されたデータに過ぎず、N.O.様の畑のCECなど全く考慮されていません。堆肥の投入量やその投入履歴を考慮すれば当然その値は小さく見積もる必要があることもご理解いただけたのではないでしょうか。
ちなみに7.5Kg/10aの窒素分は8-8-8の成分比の複合肥料20Kgなら7.5÷(20×0.08)=4.7俵であるという計算をいたします。家庭菜園では坪当たり7500÷300÷0.08=310gの8-8-8肥料が必要量という計算になります。ただし上記同様あくまで最大値であることをお忘れなく。
またほうれん草以外の作物であっても議論の出発点の①が違うだけで後は同じ方法で肥料設計が可能です。でも不確定要因を仮定しないとどうしても次の計算ができないことが実際にお分かりになったのではないかとかと思います。ですから個々の畑の過去の経験的なデータの蓄積が不可欠だと思います。
もし、より科学的に肥料設計をするのであれば
◆有機質は必ず同じものを5~6年※使い続けること。
◆肥料設計は無機肥料で調整し最大のパフォーマンスが得られるデータを見出すこと。
◆5-6年後はその有機質の溶解分が安定して流出するようになるので、有機質投入量と等量の無機肥料が減肥できるようになります。この5~6年という数値はブログでも書いた※神戸大の阿江教授とも意見が一致するところです。
(閑話休題)
さて、最近、前出※阿江教授のゲラ刷りを見せてもらったのですが、ある雑誌で書かれています!「ほうれん草などの冬野菜には無機化されていない分解途中の有機態窒素を直接アメーバみたいに吸収する仕組みが備わっている。」と。
そうであれば、可能な限り無機肥料を減らしボカシなどの有機肥料が最も適しているのがほうれん草なのではないかと思っています。
トマトやナスやキュウリなどの夏野菜にはこの機能がないので不思議といえば不思議ですし、ぼかし肥料や堆肥などの有機系肥料が無機肥料と全く等価である点も非常に面白い(=有機栽培の意味がない!)と考えています。
以下の資料は堆肥を毎年15年間投入し続けるどのような施肥効果が表れるかを シミュレートした資料です。